なにをいみする。なにがもんだいなのか。

無理数と超越数がいたる所にあります。ほとんどの数が有理数ではない。ほとんどの数が代数的ではない。ほとんどの数が書き下せない。とても奇妙な話です。

1次元を2次元にマツプできる。カントールが証明した。

自然数を2自然数にマツプできない。対角線論法が不完全性定理です。メモリを拡張できない。カントールの証明が間違い。世界が1次元です。

つまり、実数が存在しない。または、実数が非可算無限の精度を持たない。世界が切り貼りである。量子力学の量子が切り貼りの証拠である。量子が飛び飛びの値だから。

ちなみに量子の単位が1です。また、クオークが色(赤、青、緑)を加えます。量子計算に実数を使うのは間違いです。量子が整数論です。

言語情報を含めて世界が自然数からの全単射です。sとkとiの置換規則があればよい。sが質問です。kがyesです。iが「はい」です。iが中です。`skがnoです。`kiが後で答える。

小数を2自然数にわけることができる。浮動小数を仮数と指数にわけることができる。浮動小数のケチ表現が仮数から1を引いて0にする。

javascriptのNumberが浮動小数です。2自然数を正負の整数にマツプできる。3自然数を正負の小数にマツプできる(考えてみよ)。自然数だけが正しい。デデキント切断が間違い。自然数からのマツプが必ず存在する。n自然数からのマツプが不完全です。ハツシユのハツシユがない。javascript の for...of がこの考えに基づく。しかし、ネストできないという困難が生ずる。for...ofがarray of any型を許容しない。array of any型が言語です。「否定をどう扱うか?」がevalの問題です。eval=id.なら問題が生じない。

しかし、可算無限の大きさが分からない。何桁なのかさえ分からない。非可算無限が可算無限の可算無限乗です。

無限がない。有限です。

くりこみ不能です。くりこみがない。リングがない。

数から数への任意の射が存在しない。自然数論によれば、(lambda (x) (+ 1 x))が存在する。しかし、任意の演算も足し算も射ではない。そういつた射(もし存在すれば)の組み合わせの数が可算無限を超えるから。2項演算の組み合わせ=2項演算子の数×(可算無限の可算無限乗)>可算無限。よつて、任意の演算が存在しない。可算無限より大幅に小さく演算が限定された。その範囲は可算無限を演算子の数で割り、平方根をとる。

中心の小さな石ころがかなし。nilがかなし。

チヤーチ数。

0=()。1=(())。2=(()(()))。

数学は1次元で考える。しかし、計算機は何次元も考えられる。数学が科学なら、計算機科学という言葉は何も定義しない。単なる計算です。computation。

複素数。

a=ra+ia, a*=ra-ia

|a|=ra2+ia2

a=3-4。a*=3+4。

|a|=25。

ノルムが関係ない。


数学が人生ではない。

数学が簡単です。人生が難しい。このため数学が人生ではない。

数学的思考が「前提となる信念」を要求する。
しかし、「信念の前提が何であるか」と考え続けても合理的ではない。
数学の範囲を拡大して、できるだけ多くを含めようとしてもよい。
数学でするのは、「正確に何が簡単であるか?」明らかにする過程と、「できるだけ多くのことを簡単にする」過程である。

しかし、数学が包含できないことや不合理なことや論理の及ばないことや非論理的な存在を受け入れよう。
それらを受け入れて、言語と意思の伝達と詩と芸術と楽しみがある。

参考文献: Eugenia Cheng, 上原ゆうこ, "cakes, custard and category theory", 「数学教室 πの焼き方 日常生活の数学的思考」, p. 191。