canvas。

誰が答えを知つている。誰も知らない。ここにサイはないから。

神は答えを知つているのか。神は知らない。

あなたは何を思う。私は見つめているだけです。彼が知つています。

何も変わつておりません。このまま、在りつづけるより、仕方がないのです。

どうかお花を供えて下さい。あなたの声で。

自分を信じろ。自分を捨てるな。自分を知れ。

cartesian closedと型なしラムダ計算で何でもできる。自分自身を機械にしたんだ。

与えられたのは条件付きの愛だつた。親に迎合したときのみ愛された。そもそも愛ではなかつた。

何をするにも、何を与えられるにも、愛されるにも、条件などないのだろう。条件がある場合のほうが、むしろ例外なのだろう。

その後、あの場所はこういう場所、あの人はこういう人、あの場合はこういうこと、などとラベルを貼るようになるのだろう。

私は条件にこだわり過ぎた。しかし、ふつうと呼ばれている人は、無条件の行動と条件付きの行動を使い分けているだけだろう?子供がおもに無条件の行動だ。スペクトラムだろう。バランスの問題だ。条件付きと条件なしを適切に使い分けるという問題もあるけれど。

条件付き行動が約束や命令や依頼など、何らかのしばりがある。条件なし行動は何気ない仕草や情報を伝えることや相手に選ばせることです。

表情を見ていないから、状況を察せないのだろう。空気を読め、か。空気などないが、表情と仕草だろう。

逆説的に、私が分りすぎるから、だめなのだろう。無知が希望です。

何かいいことあるかな?

kia beno okazos?

真実よ安らかに。

spegulu veron。